滋賀県大津市、琵琶湖から流れ出る瀬田川のほとりに石山寺というお寺があります。
平安の昔、紫式部が源氏物語の構想を練ったといわれる場所で、現在、大河ドラマ『光る君へ』にも「石山寺詣で」として登場しました。
このブログでは何度か石山寺のことを書いていますが、5月19日にその石山寺で「青鬼祭り」というお祭りがあります。
青鬼祭りが近づくと、お寺の門の前に下の写真のような青鬼が仁王立ちで立っていて、前を通る人の注目の的になっています。
本日、門前に青鬼像が建ちました。高さ5メートルの青鬼さんは、杉の葉で作られています。平安時代、経典を守護するために鬼になった伝説の学僧、朗澄律師のお姿を表しています。青鬼祭のある5月19日まで、門前でお参りいただけます。 pic.twitter.com/HL0HfOWgSz
— 石山寺 Ishiyamadera (@Ishiyamadera_T) 2024年5月10日
上の説明にもあるように、青鬼は悪者ではなくて経典を守るために鬼の姿になった僧の姿。
青々とした杉で作られた青鬼は、山門の仁王像よりも大きくて迫力満点です。
今の祭りは私が子どもの頃とはかなり様子が変わってしまったらしいのですが、青鬼祭りが続いているのはうれしいことです。
今日は、自分が子どもの頃に楽しみにしていた青鬼祭りの思い出を、思いつくままに書きます。
話が横道にそれたり、自己満足になってしまわぬよう注意しますが、その場合はスルーしてください。
私の記憶に残っている青鬼祭りは、夜の境内の景色です。
現在大黒天が祀られている手前あたりに仮設の舞台が作られ、舞台の上では「青鬼と蛍の精の舞」が披露されていました。
ホタルが人の姿になって、青鬼の盃にお酒を注いで舞いながら青鬼の労をねぎらっている、そんな舞だと誰かに教えてもらいました。
青鬼の周りを舞っていた蛍の精は5人くらい、その中の一人は(当時小学校4年生ぐらいだった)私の友だちで、日本舞踊を習っていた子でした。
その時は、Nちゃんが出るから見に行こう!とほかの友だちといっしょに見に行ったのだったと思います。
蛍の精になって着物で舞いを舞うNちゃんは、ふだんの彼女とは別人のようで、
すごいなぁ
と驚きました。
舞が終わると、次は舞台上に芸人さんが登場して演芸会が始まりました。
祭りの余興のようなものだったのでしょうか。
そこで見たのがギターを手にした月亭可朝さん。
内容は覚えていませんが、面白くて笑ったことは覚えてます。
そうそう、当時は、このお祭りを「青鬼ほたる祭り」と呼んでいました。
石山寺の周辺は昔「螢谷」と呼ばれて、ホタルがたくさんいた、と聞いたことがあります。
そのつながりからだったのか、祭りの最後には暗い境内にホタルが一斉に放たれました。
私たち子どもは「待ってました!」とばかり、夢中になってふわふわと飛び交う小さな光を追いかけ、捕まえて家に持って帰りました。
暗やみに灯るホタルの光をみると、どこかなつかしい気持ちになるのは、頭の片隅に当時の思い出が残っているからなのかもしれません。
現在の京阪石山寺駅(終点)周辺のことを地元の人は今でも「螢谷」と呼んでいます。
「螢谷」という駅名はありませんが、京阪電車の車内のアナウンスで「石山寺、螢谷へお越しの方は終点でお降りください」と言われるほど地元で「蛍谷」は馴染みがある地名です。
はるか昔、瀬田川周辺にたくさんのホタルが飛び交う景色は、さぞや趣深かったと思います。
ひょっとしたら、紫式部もそんな風景を目にしていたかもしれませんね。
ちなみに、石山寺へ参拝に行かれるなら、京阪電車なら終点の石山寺駅で降りてくださいね。そこから15分くらい歩けば石山寺です。
JRなら石山駅で降りて京阪電車に乗り換えて「石山寺駅」まで行き、そこから歩くか、または京阪バスで「石山寺山門前」で降りてください。バス停の目の前が石山寺です。
京阪バスには「石山駅」「京阪石山寺」「石山寺山門前」と、石山がつくバス停が3つあります。
ややこしいですから間違わないように要注意です。
地元では、京阪電車の終点の駅名は、石山寺駅、とは言わずに「螢谷」と呼んでJRの石山駅と区別しています。
JR石山駅は「石山駅」
京阪電車の石山寺駅(終点)は「螢谷」
京阪バスの石山寺山門前は「山門前」
地元ではこれで通じます。
青鬼祭りまであと少し。
お祭りでは地元の子どもたちによる「青鬼太鼓」や「青鬼おどり」の奉納があるそうです。
毎月帰省するようになって3年たちますが、一度も青鬼祭りのときに帰っていませんでした。
久しぶりに青鬼祭りをのぞきに行ってみたくなりました。