大会中止
春の選抜高校野球中止のニュースが流れてきた。
「あ~、おんなじだ~、わかるわ~」
とつぶやいた娘は、彼らと同じ高校2年生。
実は10日ほど前にある宣告を受けたばかりだ。
「力、でないわ…」
高校からダンス部に入った娘。
中学では3年間トランペットを吹いていた。
ダンスは好き!でも、まったくの初心者からのスタート。
小学校に入る前からダンスを習っている子もザラにいるこのご時勢。
中高一貫校だから、中学で基礎を身につけている子もいるというのに。
部員も多いし、全員がステージに立てるとは限らないんだよ。
続けられるの? 大丈夫?
しかし不利な条件をものともせず、堂々と舞台に上がり、のびのびと笑顔を振りまいて踊っていた予選大会。
応援に来た姉は、少々ダンスに心得がある。
おぉ、カッコイイ。やるじゃん、さすが我が妹だ!
と、驚いていた。
予選大会の結果は、翌日にネットで発表された。
結果は
予選通過の大金星。
それも、なんと3年ぶりの快挙だった。
憧れの先輩も成し得なかった予選通過。
今年は初心者が多いから無理だよ、A先輩たちでも無理だったんだから。
なーんて言ってたのは、謙遜かい?
こっそりネットで結果を見て、大喜びして出迎えた母は、真っ赤な目をして帰宅した娘に怒られた。
なんで見ちゃったのよ!
私の口から報告したかったのに!!
と。
だって、気になってしかたなかったんだもん!
だって、まさか通ると思ってなかったから、めちゃめちゃうれしかったんだもん!
聞けば、放課後に全員で結果を見て、大泣きしてきたという。
よかった、よかった。本当におめでとう!!
大会はいつ?
3月か、もう少しあるから、さらに磨きをかけなきゃね!
そして迎えた3月。
顧問の先生から保護者宛にメールが届いた。
予定されていた大会は残念ながら中止となりました。
・・・
それからしばらくして、吹っ切れたかのように
新入生歓迎会と引退式にはかっこいいところ見せなきゃ!
と自主的に練習をしている娘。
彼女は今日のニュースを見るや否や
あ~、わかるわ~
と言った。
忘れられるわけないよね。
野球部の母
長女の高校で仲良くなったお母さんの中に、野球部の母が数人いた。
野球の強豪校として知られていて、部員の数も多く、「高校を選んだ理由は野球部に入りたかったから」、という子が何人もいた。
保護者会の時、野球部の母たちはとてもいい雰囲気で、周りの人とコミュニケーションをとり、場を明るくしてくれた。
せっかく仲良くなったんだから、みんなで応援に行こう!と高校野球の地方大会に出かけて驚いたことがあった。
夏の大会。日差しは母たちの肌にはキツすぎるくらいキツい。
そんな中、おしぼりと紙コップをトレーにのせて、外野のスタンド席の通路を上がったり下りたりしている人が何人もいた。
私たちが座っていたのは、かなり上の方だったが、そこまでお茶とおしぼりを持ってきてくれた人がいた。
あれ?Hさんじゃない!
彼女は同じクラスの野球部の母だった。
スタンド席を行ったり来たりして、応援に来てくれスタンド席の人にお茶とおしぼりを手渡しているのは、みんな母だった。
ねえ、下の応援席で応援しなくていいの?
いいのよ、大丈夫。交代でやってるから。それより、わざわざ応援に来てくれてありがとうござます!!
差し出されたおしぼりと麦茶はキンキンに冷えていて、
こんなおいしい麦茶飲んだことない!
ってくらいおいしかった。
中には1時間半もかけて通学している部員もいた。
7時からの朝練だと、母は何時に起きてお弁当を作るのだろう?
週末は試合か練習試合があるらしい、ということは、週末も母は早朝からお弁当を作り、試合の応援にも行くという。
「泥だらけのソックスを洗うのはこの石鹸がいいよ」野球部の母は詳しい。
たいへんじゃない? そこまでしなくちゃいけないの?
いや、やらなくちゃいけないってことはないんだけど、やっちゃうんだよね。
私の知っている野球部の母は、明るくてテキパキしていてよく気がつく。
最後の大会が終ったとき、保護者と部員が向かい合い、感謝の気持ちを述べたキャプテンは、彼女の息子。お互いがともに戦った後の悔いのない泣き笑い。
そこまでやるのか、大変だなぁ、と思っていたけれど、そこまでやった人にしかわからないものを目の当たりにして、自分の足りないものに気づかされた。
- 作者:靖子, 神川
- 発売日: 2018/11/22
- メディア: 単行本
今回の選抜高校野球大会中止のニュースはメディアで広く取り上げられ、多くの人の耳に届いた。
あ~、わかるわ~
とやりきれない気持ちを共有するたくさんの子どもたち。
何とかしてやりたい、でも何もしてやれない
そんな気持ちを抱えるたくさんの大人たち。
今晩、何食べたい?
そんなことで気を紛らわすことなんてできないのに。