大相撲の7月場所が19日に両国国技館で初日を迎える見通しだそうです。
無観客での開催でも楽しみにしている人は大勢います。
私もその一人。
ただ、今回は力士の活躍も楽しみですが、加えて注目したい人物がいます。
ここでは、その「彼」について書かれた本を紹介します。
おれ、よびだしになる
おれ、よびだしになる
文・中川ひろたか
絵・石川えりこ
協力・どす恋花子
アリス館
あらすじ
これは、幼い頃から相撲の呼出しさんにあこがれ、自分は呼出しさんになる!と決めて中学校を卒業後に入門、その意志を貫いて現在「呼出し」として相撲の世界で奮闘している青年のおはなしです。
彼は小さい頃から相撲が大好きで、いつもテレビで相撲を見ていました。ごひいきの力士が負けると悔し泣きをするほど。でも、一番好きだったのは
「ひが〜し〜、〇〇や~ま〜」
と力士の名前を呼び上げる呼出しさん。テレビを見ながら、いつもお母さんにもらった扇子を手に、呼び出しさんのまねをしていました。
彼が5歳のとき「誕生日のプレゼントに」と、お母さんが相撲観戦に連れて行ってくれます。テレビで見て知っている呼出しさんを通路で見かけ、「あっ。テレビの呼び出しさんやが」とさけんだ少年に、「どこからきたの?」と話しかけてくれた呼び出しさん。言葉を交わすうちに「呼び出しさんが大好き!」という気持ちが伝わったのでしょう、その呼出しさんから「朝げいこを見にきたらいい」とのおさそいが。
その翌朝から朝げいこの見学に部屋を訪ねた少年は、ますます呼び出しさんにあこがれるようになり、「おれ、よびだしになる」と決心。毎年九州に相撲がくるたびに部屋にけいこを見せてもらいに行き、中学卒業と同時に今までお世話になった相撲部屋の門をたたきます。
入門を許された彼は、力士たちと寝食を共にしながらひとつひとつ仕事を覚え、成長していくのです。
実在の人物への取材をもとに生まれたストーリー
作者の中川ひろたかさんは、力士を主人公にした『スモウマン』(講談社)という本を書かれています。
スモウマンは弱きを助け悪を倒す、正義のために戦うスーパーマンのようなお相撲さんを描いた楽しい絵本です。
一方、この「おれ、よびだしになる」は相撲の裏方さん「呼び出しさん」が主役で描かれています。
「呼出しさん」ご本人への取材を経て、1日で書きあがったそのストーリー。前半は本人へのインタビューがそのまんま表現されているそうです。
「呼出し」という仕事についても詳しく書かれています。部屋のおすもうさんといっしょに生活し、寝るときも同じ部屋。いびきが過ごすぎて寝られないエピソードには同情します。
呼出しになるために、声出し、太鼓、土俵づくり。すべてが初めてのことで最初は不安げな少年が、少しずつりりしい顏になっていきます。
外に出て一人で声出しの練習、最初は太鼓を使わせてもらえず代わりに座布団を相手にバチをふるう、自分はまだ慣れない道具を手際よく使い土俵を作り上げていく先輩たち、その手元を食い入るように見つめ奮起する少年。
懸賞幕をもって土俵を回り、土俵をほうきで掃く、力士に制限時間いっぱいを伝える、拍子木をたたく、太鼓をたたいて町を練り歩く
力士を呼び出すことのほかに、裏方のいろんな仕事で相撲を支えている彼らは凄腕の職人、その一員として少年はぐんと力をつけていきます。
観客ひとりひとりにまでだわった絵はやさしくてあったかい
石川えりこさんの絵からは、5才の男の子が少しずつたくましく成長していくさまが伝わってきます。
幼い少年の顏、中学生になった顏、青年の顏。
年を重ねるにつれて目つき、顔つき、体つきが変化します。背が伸び、肩幅が広くなりがっしりとした体、きりっとした眉、まっすぐな視線、どんどん立派になっていきます。
彼の着物の色にも注目です。はじめはくすんだ色、それがだんだんと明るくなり、最後がいちばん明るくあざやかです。15歳で親元を離れて入門し、不安や辛さを乗り越え、多くのことを吸収しながら、少しずつ自分らしさ自分の色がでてきたことが表現されているようです。
会場に相撲を見に来ているお客さん、ひとりひとりの顔の表情まで細かく描かれているのも印象的。胡坐を組んで前のめりで睨むように見ているおじさん、手を振って応援する子ども、膝に子どもをのせてにっこりほほ笑むお母さん、声を届かせようと両手を口元にあててさけんでいる若者…
会場の活気あふれる空気感。
そんな人々の視線の先にある土俵の真ん中にたった一人で立ち、ハリのある声で力士を呼び出す呼び出しさんはとってもカッコイイ。
こんな生き方もあることを教えてくれる
中学を出たら高校へ進むのがあたり前のようなってきていますが、子どもの頃から好きなこと、好きなものをずっと追いかけて、「これだ」と決めたらそれを貫く。そんな生き方を選ぶ人がいる、いろんな生き方があるんだということをこの絵本は教えてくれています。
そこには、母親をはじめたくさんの人の協力、支えがあります。
そして、彼が入門してからの体験を見ていると、どんな仕事でもそこにはいろんな人の力が合わさって成り立っていることも。
さいごに
5才だった少年が土俵の中央で背筋をピンと伸ばし、扇子を手に声を張り、力士を呼び出す姿を見て
立派になったなぁ
よく頑張ったなぁ
って、まるで自分の息子を見ているような気分で、涙が出そうになりました。
呼出しさん、今まではその仕事についてはよく知りませんでしたが、7月場所では彼の姿を見る楽しみも増えました。
テレビの前で声援を送りたいです。