東日本大震災の直後のおはなしです。
ミュージシャンの父が高校1年生になった息子とある約束を交わし、それからの3年間の父と息子の日常を描いたドラマ。
それがこの映画「461個のおべんとう」です。
原作は、2014年4月に出た「TOKYO No.1 SOUL SET」の渡辺俊美さんのエッセイ
『461個の弁当は、親父と息子の男の約束。』
ミュージシャンのシングルファーザー・鈴木一樹を演じるのは井ノ原快彦クン。
その一樹さんがアップでバーンと出てきて歌いはじめたオープニングには
おいおい、お弁当の映画じゃなかった?
って思いましたが、ほんのさわりの部分だけでした。
彼の歌声にのせてスクリーンに映し出されたのは、パパと小さな男の子がふざけながら坂道を上って家へ帰るほんわかとした日常の風景。
なんかいいなぁ、ホッとするなぁ
そんなシーンからのはじまりでした。
居心地の良い空気は、この映画の最初から最後までずっと流れていて、心が癒された2時間でした。
『461個のおべんとう』~心地よいキッチンの音、お弁当作るのが楽しくなる映画
あらすじ(注意!ネタバレあり)
冒頭と終わりに「これはお弁当についての話でそれ以上でもそれ以下でもありません」と語られる通り、この映画は毎日のお弁当作りから生まれた父と息子のおはなし。
実話です。
息子の・虹輝(こうき)が中3の時、父親の一樹さんは離婚。
虹輝は父と暮らすことを選び、父と息子の生活が始まります。
が、高校受験はうまくいかず、結局、虹輝は1年遅れで高校生活をはじめます。
父は心優しいミュージシャンで、息子の進路についても好きな道を進んでくれたらそれでいいと思っています。
そして、ちょっと気の弱い息子との間に、こんな約束を交わすのです。
父は3年間、毎日お弁当を作る、
息子は3年間休まずちゃんと学校に行く
1年遅れで学校に通う息子を応援する気持ちもあったんだと思います。
そして、高校生活が始まり、お弁当作りの毎日がスタート。
父は二日酔いの朝も、ライブの翌日も、毎日欠かさずお弁当を作ります。
そして、毎日、空っぽのお弁当箱を持って帰ってくる虹輝。
最初は馴染めなかった高校で、友だちができるきっかけになったのはお弁当でした。
仕事で遠出の日、泊まりの予定を繰り上げて帰ってきた父は、あたりまえのようにお弁当を手渡し、息子を送りだしました。
そのお弁当も、高校生活の終わりとともにしめくくられます。
最後のおべんとうを食べながら回想するシーンは、ちょっとやりすぎかな?と思ったけれど、ほほえましいのでいいかな、と。
実は、大学進学を決めた虹輝は、引き続き父にお弁当を作ってほしいと頼むのです。
ネタバレになりますが、そのお願いを父は断るんですね、そのときのセリフがよかったです。
ふふふッ、なかなかいいこと言うね~
って、思いました。
でも、これ、母親だったら多分断らないだろうな、とも思いました。
私なら、
え~、まだ作るの~、
もう、しょーがないなー、
と言いつつも、ちょっとうれしくてほいほい作ってしまうだろうな、って。
父親の一樹さんが何と言って断ったかはバラさずにおきます。
感想
この映画、ごくごくありふれた日常が舞台でした。
そして、何か大きなハプニングが起こるわけでもありません。
父親が毎日お弁当を作る、というちょっとだけ風変わりな日常。
父と子、彼らを取り巻く周囲の人のお話です。
でもこの映画の魅力は、ありふれた日常、つまり共感できるところがいっぱいあるところ、にありました。
はい、お弁当!
うん、ありがと、行ってきます
いってらっしゃい
スクリーンに描かれる世界と自分の毎日との距離が、すごく近く感じました。
あ~これ、わかる、わかる、という気持ちに何度もなりました。
たとえば…
最初のうちは、気合を入れてはりきって作るお弁当、でも毎日作るということの大変さがだんだんわかってくるところ
空っぽになったお弁当箱を見て「よし!」とガッツポーズしたくなる気持ち
おかずをすき間なく詰め切ったときの、やった!我ながらよくできた!という満足感、そして達成感
休みの前の日、明日はお弁当を作らなくてもいいってホッとする開放感
明日は最後のお弁当だな… ここまでよくやってきたという自分への労い、そして胸の片隅にわいてくる寂しい気持ち
ですから、とても身近な感覚で楽しめたのでした。
私自身、お弁当を作り続けてきて今も現役です。
一樹さんに数では負けてない!
でも、一樹さんみたいにお弁当作りを楽しんできたかというと話は別で、どちらかというと、楽しむよりも「作らねば!」って義務感から作ってきたような気がします。
お弁当箱(曲げわっぱ)にこだわったり、
「予算300円以内、40分いないで作る、材料から全部手作り」というノルマを掲げて実行したり、
100均グッズで調理の便利グッズを手作りしたり、
完成したお弁当をこれまた毎日撮影してインスタにアップしたり
やるからには楽しもうという姿勢には頭が下がる思いでした。
わたしの《お弁当作り~高校生編》は残り数ヶ月ですが、高校最後のお弁当の日まで楽しんで作りたいな、
素直にそう思いました。
おまけ
大好きな女優さん
この映画、とても素敵な女優さんが出ています。
メインではないけれど、そこにいるだけで場面の印象がぐっと深みを増す人。
一樹さんの母を演じた倍賞千恵子さんです。
彼女が登場する場面はほんの数分なのですが、それらのシーンはいちばん好き。胸に、目に焼き付いています。
仕事で福島に行った一樹さんが、自分の実家に立ち寄ったとき。
倍賞千恵子さん演じる母と息子の一樹さん、姉の坂井真紀さん、3人の話すとりとめのない会話を聞いているだけで
どうしてこんなにあったかい気持ちになるんだろう?
って不思議になるくらい、いい気持になりました。
福島弁の言葉一つ一つが、じんわりと心にしみてくるのです。
料理を教える母と、教わる息子、二人が並んで台所に立つうしろ姿も印象的でした。
音でいやされた映画でもありました
映画館の広い空間で、キッチンの音が響くのを聞いたのは、『コクリコ坂から』のメルちゃんが台所に立つシーン以来でしょうか。
蛇口から水が流れる音、まな板の上で野菜を切る音、フライパンで肉を焼き野菜を炒める音、たまごを割ってまぜてたまご焼きを作る音……
ふだん毎日耳にしているのに、全然気にしたことがなかったこれらの音が
いい音だなぁ、
と思えました。
こんないい音に囲まれて私の毎日も始まっているんだな、って思うと、
自分の毎日だってそう悪くないかも、って思えてきました。
コロナ禍、受験生の母、就活生の母、などなど、などなど
日ごろのストレスでイライラしていたのかもしれません。
そんな私のストレスも、この映画で解消されました。
渡辺俊美さん作の主題歌や挿入歌、ライブのシーンの歌も良かったです。
見終わった後、明日のお弁当を作るのが楽しみになる、そんな作品でした。