HANAのおと

hanaの雑記帳。

みかんとキャラメルと運動会

今週のお題

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近所のスーパーの生鮮食料品売り場は、地下にある。
入ってすぐ目の前のエスカレーターを降りると、いちばんに目に入るのが旬の果物。今は黄色くなりはじめの、でもまだ半分は緑色のまんまのみかんが山になって置かれている。
最近は、黄色くなる前のみかんもずいぶん甘くなったと思う。
私が小学生のころは、たいてい、緑のみかんはすっぱかった。かむとすっぱさが口の中に広がり、唾液がワーッと出てくる。すっぱいものを食べると、目をぎゅっとつむってしまうのはなぜだろう。
とにかく、緑のみかんを見ると、これはまだすっぱいからやめておこう、といつも素通りしてしまうのは、あのころのみかんのせいだ。

 

 

祖母のお重と緑のみかん

 

あのころは、どこの小学校も運動会は秋にやるもの、と決まっていた。9月か10月、はっきりと覚えていないが、秋だったことはまちがいない。なぜなら、私の記憶の中で、まだ黄色くなる前のみかんと運動会がセットになっているから。

小学校の運動会というのは、親はもちろん、隣近所や近くの親戚も子どもたちの応援にかけつける、そんな地域ぐるみの行事でもあった。
私の祖母は運動会を楽しみにしてくれていて、叔父叔母夫婦といっしょにいつも見に来てくれていた。お昼になると、めいめいが運動場に敷物を広げ、持ってきたお弁当を食べる。まるで遠足のようだった。
私には贅沢なことに、母が作ってくれたのと祖母の手作りの2つのお弁当があった。祖母のお弁当は、おにぎりや卵焼き、焼き鮭や煮物やエビフライなどが2段重ねのお重箱にぎっしり詰まった、とても豪華なものだった。祖母、叔父、叔母、母、私の5人では食べきれないので、重箱の蓋にお稲荷さんやエビフライをのせて、あっちこっちの友だちにおすそ分けにまわり、おすそ分けをもらって帰ってくる。お昼の時間も半分を過ぎると、おすそ分けを持ってあっちこっちを歩き回る子どもたち、そんな光景が見られたものだった。
お弁当の時間も終わりに近づき、自分のクラスの場所に戻り始める子どもたちがちらほらでてくるころになると、祖母はきまって
「ほら、(戻る前に)これ食べていき!」
「ちょっとすい(すっぱい)けど、(口の中が)すい(スッ)としておいしいで」
そういって、ほんの少し黄色くなりかけた、ほぼ緑色のみかんをくれた。
皮をむくと、まだ熟す前の青くさい香りがした。指に力を入れて実を半分に割り、小さな袋を口にほおばると、
すっぱい!

やっぱりだった。でも、私の喜ぶ顔を思い浮かべながら、豪華なお弁当を用意し、まだ出始めでめずらしいみかんを持って応援にきてくれた祖母に、

「すっぱいからいらんわ」
とは言えず、目をぎゅっとつむりながら全部食べきった。
そんな緑のみかんの味は、たぶん忘れることはないだろう。

 

黄色い箱のミルクキャラメル

 

小学校の運動会で忘れられない食べ物がもう一つある。
それは、森永のミルクキャラメル。
天使が描かれた黄色い外箱、中箱を引き出すと、白いろう紙にくるまれた10粒ほどのキャラメルが並んでいる。
中箱の裏には、なにやら豆知識みたいなことが書いてあって、キャラメルを落とさないように中箱を引き出して、裏に書かれた絵を下からのぞいて見たりした。
このキャラメルは、担任の先生からクラスの生徒に毎年配られた。
年に一度だけ、先生から子どもたちへのプレゼント。
勝っても負けても、運動会をがんばった子どもたちへのごほうびだった。
ふだんは絶対に許されないこと、学校でお菓子が食べられる! 運動会は特別でうれしい日でもあった。
私は運動神経が特に良くも悪くもなく、かけっこは3位くらいに入れたらいいほう。
どっちかというと、団体競技の玉入れや綱引き、勝ち負けのないダンスなどのほうが好きだった。


土のグランドに引かれた石灰の白い線。
おしりのところだけ土色に汚れた白い短パン。

祖母の豪華なお弁当に、すっぱいみかん。
がんばったごほうびに先生からもらった甘いキャラメル。

再生して見せることはできないけれど、最高の場面は、青く澄みわたった空とともに胸に深く刻まれている。


秋の空気は、あまくてすっぱい遠い記憶を運んできてくれる。

 

 

追記

 

 件の祖母は、今も元気で103歳。
帰省の度に必ずご機嫌伺いに行く。

いつも満面の笑顔で

「Hanaちゃんや!よう(よく)帰ってきたなぁ」
と迎えてくれる。
4人の我が子、5人の孫、6人のひ孫たちを誰よりも気にかけてくれている。
年を重ねることの楽しさと大変さを、身をもって教えてくれている女性。

私なんぞまだまだ足元にも及ばないけれど、彼女のように強く明るく生きていきたいと思う。