HANAのおと

hanaの雑記帳。

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体験談 育児日記 20年後の感想

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子どもたちは社会人、大学生、高校生、となりました。
そろそろ子育ても卒業間近、と思いたい今日この頃です。
私は子どもが生まれてから数年間、育児日記をつけていました。
始まりは今から20年以上前こと。
正直、出産前は育児日記なんて面倒だなあ、と思っていました。

私が育児日記をつけはじめたきっかけは
出産した病院でいただいた育児日記用のノートでした。

退院後、荷物の中にそれが入っていたのを見つけて、せっかくあるからつけてみよっかな、くらいの軽い気持ちでした。そして、半年分のページしかなかったので、半年続けばいいか、と思って。

でも、結局3年以上続きました。
育児日記を書いていると、心が落ち着きましたから。
書くことで、冷静になれる時間が持てたからかもしれません。

 



www.hanahirako.com

 

 

 

 

【公開】20年前の育児日記、こんな感じで書いてました

結局3人分の育児日記をつけてしまった私。
自分がわかればいいという基準で書いているので、字も絵も下手くそです。
お見苦しい点はお許しください。

書き始めは観察記録

生まれてから半年くらいは生き物係の観察日記みたいです。
睡眠時間、授乳時間、おしっことウンチの回数。
目を開いている時間が長い、笑った、声が出た、くしゃみをした、
目の前の生き物が何をどんなふうにしたかの記録。
思えば、生まれて1ヶ月ほどは人間の子供というより、赤ん坊という生き物を見ている感じでした。目も見えているのかどうかあやふやだし、話すこともできないし。
数カ月後に、だんだん人間らしくなってきた、と書いているのですが、本当にそんな感じでした。

 

では御覧ください⇩

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おへそから毎日出血がありますね(笑)
最初のころは睡眠、書いていませんでした(授乳以外は寝てた?)

 睡眠 、ありました、書いてました。
書き始めたのは生後36日たってました。

 

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そのあとは寝て、食べて、飲んだ記録

半年というのはあっという間に過ぎてしまうものですね。
続けばいいや、と思って書いていた日記が、もうページがなくなってしまいました。
1冊目のノートが終わってしまったので、普通のB5のノートを購入。
今度は育児日記フォームになっていないので、書く内容も大雑把です。
時間と気持ちに余裕があれば、何を食べたとか、どこへ散歩に行った、とか書いてますが、そうでないときは飲んだ時間、食べた時間、お風呂の時間でおしまい。
それだけですが、書かないとなんとなく物足りないなあ、と思うようになっていました。

 

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長文、短文、ひとことだけ、その日の気分で好きなように書けばいい

 何もないときは食べて寝た、くらいしか書いておりませんが、熱が39度も出た、耳の後ろに発疹が出たといった病気の症状は字数多めに書いています。また、椅子から落ちた、机に頭を乗せて立ったまま寝てた、朝起きたらとんでもないところで寝てたなど、おかしなことは下手なイラストまで書いてましたね。イラスト、もう少しうまく描けんかったんかい、と思うくらい下手くそですが…

それでも、今読み返すと、どのページも愛おしくなります。
時間を忘れて見てしまうから、本当に時間があるときしか開かないようにしています。

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写真にはひとことコメントを、テープやシールの接着剤には要注意

 写真は育児日記にはほとんど貼っていませんが、公園で撮ってくれたお姉さんがくれたのが貼ってありました。
写真やメモなどを貼るときは要注意!
時間がたつと接着剤が変色するかもしれません。
セロハンテープではると20年後にはこんな風になります↓。

 

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そして、粘着力はなくなって、はがれてきますから、ページをめくるときは落とさないように注意が必要。

のりではなく、ホッチキスなどでしっかり止めたほうが失くなる心配が少ないでしょう。

 そして、写真には年月日と時間と場所を書いておくといいです。

月日がたつとたからものになる

最初、退院した新米ママを待ち受けていたのは、おなかいっぱいで、オムツもきれいにしたのに、泣き止まないわが子にあたふたする日々でした。
やっと寝た、やれやれと思って自分も横になると、とたんに泣き出すわが子、
どうして泣いているのかわからなくて、いっしょに泣いてしまう自分、
実は不安でいっぱいなのに、周りの人から
「ママ」なんだから、「お母さん」だから、わかるよね
みたいな目で見られていると思い込み、自己嫌悪の沼にズブズブと引きずり込まれていく自分

泣き声を聞いただけで、もうやめてくれ~、と叫びたくなる、(母なのに…と自己嫌悪の塊でした)
片手の掌からひじまでしかない、こんなちっちゃな生き物に、心は引っ掻き回されていました。(特に最初の子はそうでした)
はたから見るとおかしいけれど、本人は必死。
こんなはずじゃなかった、子育てってこんなに大変だったのかと思ったことが何度もありました。

そんな育児の不安や不満を解消してくれたのは、育児日記です。
たったひとこと、1行でも言葉を文字にして書くことで、気持ちが落ち着くことがあるんですね、育児日記を書いていた感じたことです。

 

今、読み返すと本当に書いておいてよかった、と思います。
子どもの記録だけれど、読み返すうちに、自分の思いがあふれ出てきます。
どうして泣いているのかわからなくて、泣き止まないわが子といっしょになって泣きながら、それでも何とか泣き止むようにとあやしていた自分が(そんなことは書いていないけど)ちょっと色あせたノートの中に見えてきます。
高熱で痙攣をおこし、この子は私の目の前で死んでしまうんじゃないか、とおろおろした私。
不安を抱えながらもがんばった自分に、ここまでよくがんばった!と思わせてくれる育児日記は自分にしかわからない記憶をよみがえらせてくれる〈心の友〉みたいな存在になっています。

実は、私の母も育児日記を書いていました。私がうちを出るとき(就職して)、

「これはあんたのやから渡しとく、好きにしていいよ、いらんかったら捨ててもいい」

と持たせてくれました。
50年前の育児日記です。
私の棺に入れるものリストに載っています。

 

 

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始めたときは、20年後のことなんて想像もできませんでした。
目の前の赤ん坊が、大人になるなんて!
でも、無我夢中でその日その日を乗り越えている間に、時間は着実に進むのです。

20年前の日記を目の前にして思うのは、まさかこんなに大切なものになるなんて!という嬉しい誤算です。
あのとき、育児日記をつけはじめて、本当によかったと感じています。
当時もそうですが、年月を経て子どもたちが成長したとき読み返すと、さらにその気持ちは大きく、ゆるぎないものになりました。

 

育児日記は数年後、数十年後と年月がたつほどに光り輝く宝物になっていく、そんな気がします。そしていつか、ここにあるノートを手放すとき、やっと子離れできるのかもしれません。